American Emergency Services


Top
ホーム

Glossary
用語集

Fire Museum
消防博物館


Catalog
カタログ

Trip Diary Sept.2004
買付け旅行日記 2004


9/20
6時のニューアーク〜(シンシナティ経由)〜シカゴ便に乗るため、飛行場近くに泊まったとはいえ4時半起き。無事飛行機に乗り込み、2年ぶりのシカゴへ!! シカゴのオヘア空港から市街までは地下鉄で1本、非常に安くて便利です。シカゴの公共交通機関は日本並みに便利になっており、新しいバスは停留所毎の通り名をアナウンスするようになっていました。地理に詳しくない旅行者には嬉しいことですが、実はアメリカでは珍しいのです。
今日はシカゴ消防局オフィシャルショップ「Comissarry」に行きましたが、移転していました。近くの店で移転先を聞くも、あやふやな住所。とりあえずバスで向かいましたが、南の治安があまり良いとは言えないエリア。閑散として少々怖い感じになってきたので、引き返し、きちんと住所を確認してから行くことに。ハウスかアカデミーで聞けば良かった。夕食はタイレストランに行きましたが、トムヤンクンもタイステーキも2人前。どっちも食べたかったので(ってかトムヤンクンだけってのも…)、全部食ってやったら店の人もちょっとビックリなのでした。
9/21
友人G氏の勤務日を聞くため、E117-TL14ハウスへ。たまたま勤務日で、次の勤務日24日滞在のアポを取りました。と、その時出場のアラームが。「乗れっ!」、ついていくとボヤ火災でした。カメラ持っていなかったことに後悔…
午後はお客様に頼まれた商品を買いに、シカゴで最悪の路線と言われるグリーンラインで南に‥シアーズタワーがこんなに遠くに見えます。目的のポリスショップは、終点駅よりさらに西の治安の悪いエリアにあり、乗ったバスは私以外全員黒人というちょっとスリリングな経験でした。はじめは断られましたが、すぐ日本に持って帰るからと説得したらOK。買付け成功。この国では主張と交渉が大事です。夕食は「Giordano's」でSMサイズ(と言っても直径25cmほどの分厚いスタッフドピザです)のピザ5/6を食べました。我ながら良く食べるなぁ。
9/22
今日は友人R氏に会いにE98ハウスに。彼はパラメディックで、このハウスのA11で働いています。児童が見学に来ていて、消防士が装備について説明していました。R氏は出場したっきり戻ってこない。結局昼飯をご馳走になることに。なんと分厚いステーキ!! R氏は昼食にはきちんと帰って来て(笑)一緒に食べることができました。でもすぐに出場になってしまったので、後日電話をすることに。
午後は昨日とは別のポリスショップに行って来ました。今回は警察関係の買付け依頼も多いのです。2年前、このポリスショップではテロの影響でパッチ1枚さえ売ってくれませんでしたが、今回は交渉の末、無事買付けできました。ちょっと甘くなったかなぁ。
今日はなんだか疲れていたので夕食は手軽に済ますことに。チーズバーガーで有名な「Billy Goat Tavern」でチーズバーガー2個テイクアウトしました。間に挟むピクルスとオニオンは取り放題です。
9/23
今日は改めてコミサリーに買付けに行ってきました。もう知れた顔、$1,000のチェックを使ってもIDチェックなし。電車で行ったので、大きな箱2つは後日引き取ることに。
午後はネットで知り合ったM氏がいろいろ案内してくれました。写真左は新しくできた911ディスパッチセンター。右は映画バックドラフトにも出てきたCFDショップ(車両整備工場)ですが、現在は閉鎖され、市の工場を使っています。
その後、シカゴで行っていないハウスはないんじゃないかというぐらい、たくさんのハウスに連れて行ってくれました。
日本料理店「勝」で夕食を食べた後、さらにいくつかのハウスに。右は映画バックドラフトで消防車が走っていた川沿いのアンダーパス。結局「White Castle」で夜食を挟んで、ホテルに送ってくれたのは2時近くでした。遅くまで感謝です。が、明日はE117ハウスに滞在する日。G氏の出勤する6:30には着きたいですが、起きれるかな。
9/24
ここがE117-TL14ハウス。そのほかA15、DDC4、FOの計5隊が入る大きなハウスで、シカゴ市街からバスで西に40分ほど、ちょっと治安の悪いエリアにあります。ホテルを出たときは真っ暗だったのに、到着した6:40には明るくなってきていました。
昼間はG氏がキャプテンを務めるTL14に同乗し、5〜6回の誤報による出場や救急出場について行きました。出場からの帰り際は隊員のバイク免許をDMVに取りに行ったり、ちょっとした買い物をしたり、割と自由になります。もちろん出場指令に備えてラジオは手放しません。
こいつはハウスで飼っている「キャプテン」。知らない人には唸って吠える番犬でもありますが、隊員がOKした人の臭いは覚えており、言うこともちゃんと聞くんです。さすがに2年ぶりの私のことは覚えていませんでしたが、G氏がOKしてからは従順でした。
ハウスにいるときは隊員たちはトレーニングしたり寝たり…でも食事の準備だけは当番制、サボるワケにはいきません。みんな料理ウマいんですよ。昼はハムやソーセージの盛り合わせ、夜はポークチョップがメインでした。夜からはE117に同乗させてもらい、2回出場した後、救急車のシーツとブランケットを貰って、11時頃ベッドに入りました。
9/25
ベッドに入って割とすぐ、11時半前に出場指令が入りました。また救急か誤報かなぁなんて思って到着すると、なんと火災。消防車を降りると輻射熱が…かなり燃えてしまっています。ビデオを回しながら、ホースを引っ張ったり、ハイドラントを開けたりと簡単な手伝いもしました。小さな子供が4人取り残され、G氏が1人を救出したものの、3人が焼死した痛ましい火災になりました。
ハウスに戻って30分後ぐらいにまた出場指令。現着すると、SUVと、前が完全に潰れたセダンに挟まるようにピックアップが横転していました。現場に散乱するレンズなどの破片を洗い流して帰署です。
先の火災で病院に運ばれた子供も亡くなったと聞きました。その後は出場もなく、昨晩のできごとがウソのように清々しく晴れた朝になりました。G氏が良く行くホテルのフィットネスクラブを見せてもらい、そこで朝食。ネイビーピアが見渡せるいいラウンジです。こうやってみるとミシガン湖って海ですよねぇ。
その後、G氏が副業として経営している「O'LEARY'S Fire Truck Tour」の消防車に乗せてもらい、貸切りシカゴドライブ。3台の車両を所有していますが、その整備を担当している方の家にお邪魔し、ポークチョップの昼食を頂きながら車談義。その後、一度家に戻って迎えに来てくれたG氏のバイクで駅まで送ってもらいました。イリノイ州ではヘルメットは要らないのですが、結構飛ばしながら事故った時の話なんかされたのでちょっと怖かったです(笑)
午後はF氏宅へ。F氏は元CFDの消防士でコレクター。もう8年近くの付き合いになる、私のアメリカでの父的存在です。2年前は病気のため会うことができませんでしたから4年ぶり、元気そうでなによりです。現在は「Fire Museum of Greater Chicago」の本格開館に向け、中心メンバーとして活躍しています。まだ展示に向けて整備中の車両や、現在は学校の教室を借りているミュージアムの展示品を見せてもらいました。移転したE18のハウスが新しいミュージアムの建物となるそうです。彼の奥さんと3人で夕食を食べた後、ホテルに送ってくれました。ここが私のシカゴでの常宿「Cass Hotel」
9/26
今日は日曜日。昨日の疲れもあり、昼頃まで寝てしまいました。ブランチを食べに「Tempo」へ。ここのオムレツが大好きで、シカゴに来ると必ず来る店です。午後は、NYで見つけ、シカゴにも店舗があると聞いていた「Container Store」で買い物。
夕食は「Lou Malnatis」でシカゴ名物のスタッフドピザを食べ、R氏の勤務するE98ハウスへ。でもやっぱり出動中。シカゴ一の繁華街にあり、かなり忙しい様子。待つこと30分、やっと戻ってきました。1時頃まで喋って、明朝、勤務明けに一緒にR氏の家に行くことに。
9/27
今朝はR氏の勤務が終わる6:30にE98ハウスに。と、また出場です。結局7時過ぎに引き継ぎ、彼の娘に会いに小学校へ。その後自宅へ戻って、奥さんと、お姉さんと旦那さんの5人で「Fogo de Chao」で昼食。アメリカで食べた食事の中で一番ウマかったかも。コミサリーのデカい箱2個も、拾ってもらって郵便局で発送、レンタカーせずに済みました。近くの駅まで送ってくれ、そのまま空港に。シカゴでは友人知人が多く、毎回本当に良い経験をさせてもらっています。みんな日本に来てくれないかなぁ。
オヘア空港の「UNO」でしっかりシカゴピザを食べてから、シンシナティを経由し、戻る感じでデイトンへ。アテンダント1人の小さな飛行機で、こんな風に滑走路歩かされました。デイトン空港で東京から来たH氏と無事合流、空港近くで1泊です。
9/28
H氏は(有)コムテックの社長です。今回はMorning Pride社とのミーティングのコーディネートを兼ねてご一緒しました。もちろんAESもMP社とは取り引きがありますが、1人で来ようとは思いませんからいい機会です。
空港に戻り、レンタカーを借りてMP社へ。海外担当のD氏に工場を案内して頂きました。意外にも日本人の方が2人も働いていてビックリ。2人とも沖縄から来たそうで、空軍の大きな基地があるデイトンには、アメリカ兵と結婚して住んでいる日本人の方が多いみたいです。数年前までマネージャーを務めていたという日本人のY氏が来てくださり、私の通訳もしばし休憩です。助かった(笑)
昼食にステーキをご馳走になった後、デイトン消防局のハウスを案内してもらいました。財政難で部屋のライトを消したりしているのに、ハウス裏側でラダーをわざわざ伸ばして頂けました。このハウスの車両は空港に近いためイエローでしたが、レッドが通常のカラーとのこと。
MP社に戻り、ミーティングも無事終了。この後の予定は特にありませんでしたから、H氏と作戦会議。せっかく車があるのだからということで、デイトンを後にし、一路シンシナティへ。シカゴのAAAで地図とガイドブックもらっておいて大正解。
車はピックアップを予約しておいたのですが、デイトンの営業所にはなく、ラッキーなことに、どの車でも同じ料金でいいとのこと。マスタングなんかも惹かれましたが、H氏より1日早く帰国する私は帰り1人で運転するので、慣れているブレイザーにしました。日本で乗ってる勝手知り尽くした車です。
シンシナティでは「Redfish」で夕食。ナカナカでした。帰国後に気付きましたが、名物のチリなんかも食べたかったなぁ。
9/29
シンシナティはこのエリアでは一番二番に大きな地方都市なのですが、東京に住み、ニューヨークやシカゴを回ってきた私にとっては小さな街でした。バナリパで買い物しようと思ってたのにGAPしかないなんて!
右はシンシナティ消防局の、エンジン、ラダー、アンビュランスのほか、ボートが2台もある大きなハウス。シンシナティ消防局は、アメリカ最初のフルタイム給料制、歴史ある消防局なのです。
デイトンにトンボ帰り。これはMP社近くにある、デイトンの隣町のハウスです。今晩はこの近くに宿泊。

9/30
7時の飛行機に乗るため、5時に1人モーテルを出発。濃霧の中、出口を1個行き過ぎたり、レンタカー返却場所を探してさまよったりしましたが、無事空港に到着。乗継地アトランタからの飛行機の隣席は2人とも日本人で、半年間南米を回っていたというおじさんと、3ヶ月伯母さんの家にいたという女の子。なかなか個性派揃いな席で、話してたら10数時間はあっと言う間に過ぎていきました。

American Emergency Services
© American Emergency Services, 1999-2024